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東京地方裁判所 昭和45年(むのイ)1070号の2 決定 1970年6月19日

主文

本件上訴権回復の請求を却下する。

理由

一、本件上訴権回復の請求の理由は、「請求人は、自己に対する強盗致傷被告事件について、昭和四五年五月二八日東京地方裁判所で懲役三年六月に処する旨の判決の言渡を受けたので、同年六月五日控訴申立をしたが、同月一〇日右控訴を取下げた。しかしながら、右控訴取下げは、請求人がその妻との連絡が十分でなかったため、手違いで行なったものであるから本件上訴権回復の請求に及んだ。」というのである。

二、そこで、請求人外一名に対する当裁判所昭和四五年合(わ)第一三八号強盗致傷被告事件の関係記録を検討すると次の事実が認められる。即ち、請求人は、昭和四五年五月二八日当裁判所において請求人外一名に対する強盗致傷被告事件について、懲役三年六月に処する旨の判決の言渡を受けたところ、同年六月五日請求人の勾留されている東京拘置所の所長代理者に対し、右判決について控訴を申立てる旨の同日付控訴申立書を提出して受理されたにかかわらず、控訴提起期間内の同月一〇日一四時三〇分同所の所長代理者に対し、さきになした控訴の申立を取下げる旨の同日付控訴取下書を提出してこれも受理された。ところが、申立人はまだ右控訴取下書が前記東京拘置所所長代理者の手もとに在る、その二時間後の同日一六時三〇分になって上訴権回復の請求をすると同時に、改めて控訴の申立をした。右の控訴取下書、上訴権回復請求書および再度の控訴申立書は、同月一一日同時に当裁判所に到着し、一括して受理された。

三、ところで、刑事訴訟法第三六二条に定める上訴権回復の請求は、その文理が示すように、本来、上訴提起期間の徒過により上訴権が消滅した場合の原状回復の方法であるから、いったん右期間内に上訴の申立をしたのちにこれを取り下げたため上訴権が消滅した場合にまで同条の適用又は準用があるとは解し難い。したがって、本件上訴権回復の請求は、不適法として却下すべきものである。

四、しかし、請求人の控訴取下書が東京拘置所所長代理者に対して提出し受理されていることは、前述したとおりであるところ、刑訴法三六七条、三六六条の解釈としては、在監被告人が監獄の長又はその代理者に対し上訴の取下書を提出した場合には、その時点で上訴取下の効力が発生すると解するのが相当であるから、請求人については、前記東京拘置所長代理者に対する控訴取下書の提出によって、すでに上訴権が消滅していると解する余地もある。しかし、刑訴法三六七条、三六六条が勾留されている被告人の利益保護ないしはその防禦の万全を期させることを主眼とする規定であることを考えると、前記認定のように、控訴取下書の提出のわずか二時間後で、まだ右控訴取下書が監獄の長の代理者の手もとにある間に、右控訴取下の意思の撤回とみられる上訴権回復請求書および再度の控訴申立書が控訴期間内に右監獄の長の代理者に提出され、右控訴取下書、上訴権回復請求書等が同時に裁判所に到達したような場合にまで、上訴権が消滅するというような事態は同条の予想していないところと考える余地がある。そして、このように考えるならば、請求人が前記のとおり六月五日にした控訴の申立は、なお有効で請求人の控訴権は消滅していないとも考えられる。したがって、第一審裁判所である当裁判所として、刑訴法三七五条による控訴棄却の決定はしない。

五、もっとも、右のように被告人の上訴権がまだ消滅していないと考える余地があるとするならば、本件被告人の上訴権回復請求に対しては何らの決定も要せず、これを放置してもさしつかえないのではないかとも考えられる。しかし、少なくとも形式的には控訴の取下をした者からの上訴権回復請求があり、それが不適法と解される以上、請求人の上訴権が消滅していないと解せられる場合においても、手続を明確にする見地から、主文のとおりこれを却下するのが相当である。

(裁判長裁判官 浦辺衛 裁判官 小林充 田口祐三)

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